「代替医療のトリック」感想 ただし鍼灸のみ

代替医療のトリック」 著:サイモン・シン/エツァート・エルンスト 訳:青木薫


代替医療と呼ばれる鍼灸ホメオパシー、カイロプラティック、etcには本当に効果があるのか。EBM(根拠に基づく医療)の考えのもと、実際に効果があるかどうかを検証し、その結果を書いた本である。ここでいう科学的根拠とは、やってみて効いたかどうかだ。重要なのは信用度の高いテストを行うことであり、特にプラセボ(偽薬)効果を排することが鍵となる。


二重盲検法

  • ・対照群と治療群が比較されること
  • ・どちらの群にも、十分に多くの患者が含まれること
  • ・群への割り振りはランダムに行われること
  • ・対照群には偽薬を与えること
  • ・対照群と治療群とを同じ条件下に置くこと
  • ・患者には、自分がどちらの群に属しているか分からないようにすること
  • ・医師が患者に施す施術が、本物か偽物かを、医師も知らないようにすること。


これは、薬の投与なら簡単に実施できる。しかし鍼灸の場合は非常にやっかいだ。針を刺したか刺していないかは施術者本人には必ず分かるし、それは患者にしても同じことだからだ。そこで、いくつかの工夫がなされることになる。

  • ・針を有効とされる深さまで刺さない
  • ・伸縮性の針を使う(刺そうとすると、柄の方に引っ込む)
  • ・正しい経穴の位置からずらして刺す


こうして試験をした結果、針は一部の痛みと吐き気には少しの効果が認められたが、多くの症状においてはプラセボ効果を上回る効果はなかったと結論されている。


しかし、これにも問題がある。鍼灸師として反論させてもらうと 、


・針を有効とされる深さまで刺さない

そもそも針の作用機序には「ポリモーダル受容器への侵害刺激」というのがあるが、ポリモーダル受容器は皮膚にこそ多く存在する。皮膚に刺した時点で、ある程度以上の効果が出てしまう。主に中国の臨床試験で行われている方法であるが、むしろ浅く刺した方が効果が高かったという結果も出ているくらいだ。


・伸縮性の針を使う(刺そうとすると、柄の方に引っ込む)

皮膚刺激という意味において、上記と同じである。そもそも接触鍼というものがあるのだ。古代九鍼の中でも、刺さない針というのが2種類記されている。針は刺さなくても効いてしまうのだ。
また、小児鍼というのもある。生後3ヶ月以降なら実施可能であり、皮膚をこする程度の刺激で様々に効果がある。この場合、患者(赤ちゃん)は何も知らないので、プラセボ(思い込み)も何もあったものではない。


・正しい経穴の位置からずらして刺す

鍼灸おけるツボの位置は、目安にすぎない。「おおよそ、このあたりに有効な治療点がある」という程度のものだ。また本が書かれた時代によって、また国によって、ツボの位置も数も大いに変動するし、配穴(ツボの組み合わせ)も絶対的なものではない。鍼灸には流派が星の数ほど存在するし、それぞれ理論も治療穴の選び方も異なる。つまり、言ってしまえば「適当に選んで刺しても、けっこう効いてしまう」という側面があるのだ。これは、鍼灸施術における、特異的効果(そのツボの場所でないと発揮されない効果)と非特異的効果(どこに刺しても起こる反応)が複雑に入り組んでいることによる。だから、少々ツボの場所をずらした程度で効果がなくなるほど鍼灸も人体も単純ではない。(理論は、あくまで鍼灸の効果をより高めるために存在すると考えた方が妥当だと思われる)


そのため、残念ながらこれらの臨床試験では、本物の治療と偽物の治療を比較できたとはいえない。どちらも、十分に普通の鍼灸治療だった可能性がある。


また、この本には書かれていないが、医学には基礎研究というのがある。鍼灸の場合だと、痛みや熱刺激で子宮内の血流が改善とか、鍼を刺すと局所で血流の改善が起こって白血球が増える…とか、胃カメラで見て分かるくらいに胃酸の分泌が起こるとか、副腎ホルモンの分泌に影響するとか、副交感神経優位に傾くとか、igE抗体が減るとかである。これらは、ちゃんと現象が確認されている事実だったりするのだが、ここでは臨床試験にマトを絞って書かれているためか一切記されていない。それとも、基礎研究をも全てプラセボによる効果だと切って捨てるのだろうか。それならそれで、プラセボ凄いってことでいいかもしれないが、基礎研究には当然ながらラットでの動物実験も含まれる。ネズミ相手にプラセボ(思い込み)というのはどう解釈したらいいのだろう。この本は、基礎研究の話題を鍼灸の所では書かずに、ホメオパシーでは書いていたりするが、こういうのを公開バイアスというのではないか。


それともう一つ。例えば、腰痛ならプラセボによる治療は、おおむね7割の有効率があると言われている。ならば7割を超える有効率を上げることができたなら、それは鍼灸固有の治療効果と言って差し支えないのではないか。(腰痛なら、私にしても9割以上の有効率を確認している。エビデンスレベルは低いだろうけど)


さらに。この手の臨床試験では、「腰痛に対する腎兪穴の有効性を調べる」とかいう方法が取られることが多いように見受けられる。これは、鍼灸治療としては極めてレベルが低いものである。腰痛といったって、東洋医学的に診断すればバリエーションは無限にあるし、患者ごとに治療穴は全部変わるし、鍼の深さも刺鍼時間も一定にはなりえない。とすれば、そもそも鍼灸固有の効果がほとんど発揮出来ない状況でプラセボと比較されている可能性があると思う。


以上のようなことから、鍼灸の効果は科学的にはまだよく分かっていないと考えるのが妥当ではないだろうか。


補足説明
http://d.hatena.ne.jp/osaragi1999/20100323/1269307998


<3月20日追記>
参考:全日本鍼灸学会
http://jsam.jp/contents/0301031vgLov/